2025.04.01
松風カンパニー八風農園から広がっていく「食卓を揃える」寺園風さんの物語。

松風カンパニーの始まり
いなべ市山麓、移住した寺園さんたちの活動は、自然派農業の「八風農園」から始まった。5ヘクタールの畑で、旬の野菜、小麦、ライ麦、米を無農薬・無化学肥料、自然派農法で年間80種類ほど栽培している。八風農園で栽培した野菜や米、小麦は、「松風カンパニー」系列食堂の「上木食堂」(現・新上木食堂)で使用されている。
「上木食堂」のほか、ドイツパン職人が営む店「フライベッカーサヤ」(現・フライベッカーハウス)、フランス料理をカジュアルに楽しめるフレンチ料理店「Nordノール」、アートやミュージックなど様々な芸術を体感できるスペース「岩田商店」、ゆったりした雰囲気の中、コーヒーやケーキを味わえる古民家カフェ「プンクト」など、幅広い業態で営業している。エネルギッシュに次々と新しい展開を繰り広げている「松風カンパニー」の創業者、寺園風(てらぞの ふう)さんに話を伺った。

寺園 風さん
寺園さん:きっかけは、僕が農業をするために、名古屋から移住してきたことです。古民家を使わないか、という話があり、上木食堂をやろうと思い立ったのが始まりです。
寺園さんは2013年にいなべ市へ移住。以前は、名古屋のカフェと松阪の自然農のおじいさんのところで働いていた。名古屋のカフェオーナーや松阪の農家のおじいさんとの間で「若い子が農業をして、その育てた食材を使って料理をしたい。その料理をお客様に提供できる、という流れまで担うことができるような若者を育てよう」という話をしたという。
寺園さん:約5年間、松阪と名古屋を行き来する生活を続けました。25歳の時に、自分が農家として独立し、いなべに移住しました。
移住するにあたって、どこにするか悩んだ寺園さん。いいところはないか、地図を開いて探していると、「八風街道」を見つけた。見つけた時に、その地名の良さと場所に心打たれたという。
寺園さん:末広がりの「八」と自分の名前である「風」。さらに、街道の上には竜ヶ岳があるという点が気に入り、いなべ市に移住することを決めました。実際に行ってみると、とてもいいところで、友だちもいました。その友だちに、いなべ市で有機農業している子を紹介してもらいました。その子に、家も居候させてもらったり、機械や畑も用意してもらったり、と手助けや後押しをしてもらい、いなべ市に訪れたその日に移住することを決めました。
「松風カンパニー」の由来は、もう一人の創業者である松本さんと、寺園さんの名前から一文字ずつとった。最初は個人事業で「上木食堂」をオープンし、翌年にアートスペースの「岩田商店」を開いた。「フライベッカーサヤ」は、寺園さんの奥様の店で、もともとは名古屋でパン屋を営業していたが、寺園さんとともに、いなべ市に移転した。ドイツで修業を積み、ドイツ国家資格のゲゼレ(パン職人)の資格を取得した奥様が焼くパンは絶品で、「松風カンパニー」の「食卓を揃える」という理念の実現において、一翼を担っている。
上木食堂がリニューアルして「新上木食堂」に
2024年、旧上木食堂の老朽化を機に、「新上木食堂」がリニューアルオープン。移転したため、旧食堂ならではの古民家らしさはなくなったものの、和を基調とした雰囲気の食堂である。

リニューアルオープンした新上木食堂
寺園さん: 新上木食堂の一番の特徴は、「八風農園の野菜で、通年食卓を揃える」というテーマを表現しているところです。野菜が少ない時期もありますが、貯蔵するなど工夫し、シーズンを通して常に野菜がある状態を保持しています。季節ごとの旬の食材や、地元いなべの食材を味わってもらうために、食材にこだわっています。

八風農園の季節の野菜を使ったメニュー
藤原岳の麓に広がる「八風農園」で採れた無肥料、無農薬の自然な野菜を中心に、丁寧に料理された食事は、自然の恵みを感じられる優しい味わいとなっている。お客さんは、地元の人はもちろん、名古屋や四日市から見える方も多い。インターネットで調べて見つけてくれるのだそう。
古民家を改修してできたコーヒーハウス「プンクト」
プンクトは、「周辺に喫茶店はあるが、カフェがない」という課題からスタート。いなべ市阿下喜に、「岩田商店」と「Nord ノール」を建てた後、もう一人の創業者松本さんが「あとはここ阿下喜でエスプレッソが飲めたらいいんだけどな」と言って、考え付いたのが「プンクト」。「プンクト」はドイツ語で「点」という意味であり、「岩田商店」の向かいに位置している。コーヒーはもちろん、一緒に楽しめる焼き菓子やケーキなども用意されている。

プンクトから見える景色。向かいにある「岩田商店」が見える
店内は、古本も取り扱っているため、飲食しながら、ゆっくりと読書時間を楽しむこともできる。古民家が醸し出す落ち着いた空間で、のんびりと過ごせるのが魅力である。

プンクト店内。古民家ならではの落ち着いた空間
商圏は幅広く、活発な動き
寺園さん: 生産した野菜は、週に一度、名古屋へ配達に行っています。飲食店に持って行ったり、個人向けの野菜セットを作って、それをお店に取りに来てもらったり。季節ごとに変わる採れたての野菜を通じて、八風農園の土、水、そして風を感じていただけると嬉しいです。


八風農園で収穫された野菜

平飼いのニワトリ
寺園さん:また、三重県産無農薬野菜を取り扱う「雨ニモマケズ」さんに、週3で出荷しています。他にも、一部は県内のイオン何店舗かの地場産品コーナーにも置いています。もちろん系列店の「新上木食堂」でも賄っているので、生産量は多くなっています。
地元いなべの魅力を、野菜などの食材を通じて伝えていく寺園さん。地元のお祭りや草刈りなどの地域活動にも参加し、積極的に地元に貢献している。地域と交流する姿からも、いなべに住む一員として、重要な役割を担っていることがうかがえた。
挑戦はまだまだ続いていく。次に構想しているのは「酪農」
寺園さん:今後は、牛を飼いたいなと思っています。いなべ市は土地の半分くらいが山林ですが、おそらく100年後も誰にも使われず、このままの状態なんじゃないかと思って。その土地を活用して、山地酪農をしたいと思っています。「食卓を揃える」というのがテーマなので、ここで育てた牛からとれた牛乳や酪農チーズ、バターなどを食べてもらいたいです。この地域で面白いことをやっていきたいです。
農園の開始から、わずか10年余りでこれほどの規模の事業展開をしてきた寺園さん。その手腕と、カジュアルに夢を語る気さくさが人々を惹きつける魅力なのかもしれない。酪農を始めたい、という思いも、「食卓を揃える」というテーマ実現への新たな一歩となるだろう。

取材協力
松風カンパニー
〒511-0513 いなべ市藤原町下野尻946-3
電話番号: 0594-37-5301(フライベッカーハウス)
取材:2025年1月17日
文 :後藤宏行
写真:大西康博
※写真一部「松風カンパニー」提供