2021.11.30

irokuma(イロクマ)

人と自然、田舎の日常をおすそ分け。熊野の縁をワクワクつなぐ「irokuma(イロクマ)」井上結子さんの物語。

熊野市は、三重県の南部に位置し、世界遺産「熊野古道」、「鬼ヶ城」、「花の窟」をはじめ、日本の棚田百選に選ばれた「丸山千枚田」など、大自然とともに歴史と文化が育まれた地域。ここでの時間は、ゆっくりと流れている。

▲七里御浜海岸

▲七里御浜海岸

日常の美しさ、人間味に魅せられて

お話を伺ったのは、熊野市を拠点に活動する「irokuma」代表の井上結子さん。

井上さんは、2019年11月から「irokuma」を立ち上げ、訪れる人が自分色になれる、居心地の良い熊野旅の提案をしており、2020年より、子どもたちに熊野の自然での遊びを提供する「irokuma kids」と、古民家を活用した農家民宿「Abuden」の事業を始めた。

井上さん:熊野の自然豊かな風景は、海の青や山々の緑など色鮮やかな色で形成されています。私は熊野を創る色が好きなので、屋号は「irokuma」としました。

井上さんは静岡県出身で、2017年の春、地域おこし協力隊として初めて熊野を訪れた。協力隊の任期満了後も、「もう少しここに居てみたいな」と感じ、定住を決めたという。

井上さん:熊野は「日常」が特別に美しい。山、川、海、熊野らしい自然環境が生み出す、心震える瞬間に、日常のなかで頻繁に出くわします。それに、熊野で出会った人々は、皆のんびり、お人好し。故郷ではないのに、どういうわけかすごく安心して居られるんです。

▲海の青さと山の緑が鮮やかな七里御浜

▲海の青さと山の緑が鮮やかな七里御浜

 

熊野の自然で、思いっきり遊ぶことは、子どもたちの成長につながる

▲irokuma kidsのプログラムにて、秘密基地を作って遊ぶ様子

▲irokuma kidsのプログラムにて、秘密基地を作って遊ぶ様子

 

観光産業を軸に、熊野で事業をしていくにあたり、色々な可能性を試したという井上さん。特技である語学を活かし、熊野でのイングリッシュ・キャンプ商材を考案して、県内の英語塾に営業に回ることもあった。長引く新型コロナの流行で、熊野への誘致にこそ至らなかったが、それでも、子ども向けに商材を考えて提案することは楽しく、将来性があり、子どもたちの笑顔を引き出せたときには、今までにないやりがいを感じた。

その経験を経て誕生したのが、「irokuma kids」。事業を通して、子どもたちが熊野の豊かな自然の中で思う存分に遊び、人と自然を好きになってくれる機会を創り続ける。このことは、これからも人と自然が前向きに共存できる、この地域の未来につながっていくと、井上さんは感じている。

「irokuma kids」のプログラムは、蛍などの生き物が身近に感じられる山、川、海辺の集落など、大自然が遊びのフィールド。地元の方が案内、指導してくれる狩猟体験、漁師体験、燻製づくりなどの体験が充実している。

井上さん:「irokuma kids」をきっかけに地元の人と外から来た人を結んでいきたい。コロナの状況が良くなったら、もっと地元の子と外から来てくれる子、混ざるくらいに一緒に楽しんでもらえたらいいな。

 

熊野の日常を感じてもらう、中継地点でありたい

▲左から、ジャロンさん親子(ジャロンさん、さやちゃん)、小倉さん一家(ご夫婦、がっくん)、井上さん

▲左から、ジャロンさん親子(ジャロンさん、さやちゃん)、小倉さん一家(ご夫婦、がっくん)、井上さん

 

農家民宿Abudenについてもお話を伺った。

熊野の何気ない日常の風景と人の良さに惹かれた井上さんは、任期が終わる頃、お世話になっている方からの紹介で、築90年の古民家を借りられることになった。

▲古民家1階からの風景

▲古民家1階からの風景

 

井上さん:この場所は、熊野古道の松本峠に向かう通り道で、熊野に来て間もない頃から、「ピンク色の洋館がある不思議な家、いいな!」と思っていました。折角大きくていい家を借りられるのなら、人が集まれる場所にしたいなぁと思って。

当初は井上さんの特技である語学力を活かして、「Abuden」での訪日外国人の宿泊を想定していたが、コロナ禍が重なり、今はまだ、思うように進めることはできていない。

 

▲屋号が記された表札

▲屋号が記された表札

 

井上さん:油傳(あぶでん)は、この家の屋号。昔、油に関する商いをしていたようで、地元の人は、この家を「あぶでん」と呼んでいて。旅人が地元のじいちゃん、ばあちゃんに道を尋ねた時に、「あ、あぶでんね!」って分かるように、そのまま名付けました。

古民家は、10年程空き家だった状態から、大工さんと井上さんとで少しずつ修繕した。「良い部分を一つひとつ残したい。リノベーションではなく修繕したい。」という井上さんの意向から、宿には伝統的な創りが随所に見られる。

▲丁寧に作り込まれた付書院の小障子と欄間の組子

▲丁寧に作り込まれた障子と欄間の模様

▲2階に続く階段の壁には、井上さんの友人が描いた「花の窟」の絵が現れる

▲2階に続く階段の壁には、井上さんの友人が描いた「花の窟」の絵が現れる

▲蚊帳のなかで眠れる宿泊部屋

▲蚊帳のなかで眠れる宿泊部屋

 

井上さん:この宿で何かできるというよりは、「こんな人がいるから会ってみたら面白いよ」とか、「あそこに行ったらめっちゃ楽しいよ」とか、ここを訪れる人を次の場所へ繋ぐ「ハブ」のような存在が、私が目指すもの。地元の人にも気軽に寄ってもらい、ホームステイのような感じで、私が感じているここでの日常の魅力をお裾分けする。旅人には、本当の熊野暮らしをかじってもらえたらいいですね。

更に「Abuden」のピンク色の洋館部分は、今後図書館にしていく予定だ。

井上さん:理想としては「本」を介して面白いことが生まれる場を作りたいと考えています。蔵書は旅のHow to本や小説、漫画、世界中の地図などジャンルを問わず色々置く予定で、宿に滞在中の旅人が読んだり、旅人が自分の読み終えた本を置いていったり、そうこうするうちに色々な言語の色々なジャンルの本が集まり、地域の方にも活用して頂けるような図書館になれば面白いなと思います。「Abuden」は、地元の高校生の通学路沿いにあるので、いつか高校生が立ち寄って、色々な文化や人と交われるような場所を作れたらと考えています。

 

この日は「Abuden」でピザ作り体験。ピザ作り体験は「irokuma kids」での人気体験プログラムで、地元で採れた野菜を使って、ピザを作るだけでなく、なぜ生地が膨らむのか、なぜ火がつくのかなど、井上さんが丁寧に子どもたちに教えてくれる。参加するのは、地元の小倉さん一家と、ジャロンさん・さやちゃん親子。生地をこねて伸ばして、ソースを塗って、好きな野菜を並べて、窯で焼き上げます。

▲4歳のがっくんは、初めてのピザ作り。

▲4歳のがっくんは、初めてのピザ作り。

▲火加減を見ながら、本格的な釜で焼き上げて・・・

▲火加減を見ながら、本格的な釜で焼き上げて・・・

▲出来上がり!美味しそうなピザにがっくんもニコニコ!

▲出来上がり!美味しそうなピザにがっくんもニコニコ!

 

▲熊野にはピザ屋がなく、自分たちで一から作って食べる体験は新鮮!

▲熊野にはピザ屋がなく、自分たちで一から作って食べる体験は新鮮!

ジャロンさん:井上さんとは、通訳の仕事を通して知り合い、この場所や遊びの活動を知りました。地元での遊び方って、住んでいても意外に知らなくて、娘にも教えてもらえたらいいな。娘の興味に合わせて、井上さんが遊びをサポートしてくれるのも嬉しいです。

 

双方向で魅力を広げる

ピザ作り体験に参加した小倉さんは、「Abuden」から3分程歩いたところにある、熊野市が運営する観光案内所、「紀南ツアーデザインセンター」のスタッフでもある。ここでは熊野のツアー企画や、観光案内、企画展示等を担い、町づくりの拠点にもなっている。

井上さんは、以前「紀南ツアーデザインセンター」でスタッフをしていたこともあり、小倉さんとは、互いの事業の良さを引き出し合える関係にある。

小倉さん:「Abuden」が出来たことで、熊野を訪れる人に、双方向でお互いの活動を紹介できるようになりました。今後は「irokuma kids」のプログラムの中でも、この施設の竈門を使ってもらったり、協力しながら体験の場を拡げていけそうです。

 

▲紀南ツアーデザインセンターでは、期間に応じて様々な展示やイベントを開催

▲紀南ツアーデザインセンターでは、期間に応じて様々な展示やイベントを開催

▲センターの中にある竈門

▲センターの中にある竈門

 

“ワクワク”を増幅させたい!

これからも、熊野の一部となりながら、柔軟に変化していきたいと話す井上さん。外から来た仲間の中にも、ゲストハウスを営んだり、農業をしたり、それぞれが面白いことをしていると話してくれた。

 

井上さん:外の人や地元の人、若者、各々が面白いことをして、時々繋がっていったら、面で見た時に、その地域は勝手に面白くなっていくと思う。そんな点と点、縁を心地よく繋いで、熊野らしいい”ワクワク”を増幅していけたら最高です。「irokuma kids」や「Abuden」、また私自身が「ハブ」となって、訪れる人に、私の好きな熊野の人、自然の色を感じてもらい、熊野で起こる色んな縁を接続していきたい。

 

初めて訪れる田舎で、井上さんのような存在に出会えたなら、その旅はきっと、心地よく、ときめくものになると思う。それは、井上さん自身が、ここでの日常に感動し、居心地よく楽しみながら、縁を繋いでいるからだ。楽しむ人の周りには、楽しむ人が集まり、心地よい連鎖は、田舎を旅する人の心にも、ゆとりと彩りを添えてくれることだろう。

 


取材協力
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・Abuden:
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・紀南ツアーデザインセンター:
HP https://www.kinan-tdc.com

取材=2021年10月10日
文:WEBマガジンOTONAMIE canny
写真:三重を撮る写真家ふがまるちゃん

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