2022.03.08

大杉谷自然学校

伝えたいのは「大自然と共生する地域の人々の生命力」 地域が教えてくれる幸せと課題「大杉谷自然学校」大西かおりさんの物語

 

三重県中部、東西に細長く広がる大台町。清流宮川が町内を横断し、その最上流部には日本三大峡谷のひとつである大杉峡谷がある。雄大な自然が作り上げる幻想的な景観美。豊かな雨量の恩恵を受ける滝の数々とエメラルドグリーンの清流。町全域がユネスコが実施する生物圏保存地域(国内呼称:ユネスコエコパーク)に指定されており、町をあげて自然と人間社会の持続可能な共生を目指している。 

地域のつながりと生命力

大杉谷自然学校 外観

旧大杉小学校校舎を再利用した大杉谷自然学校

大杉谷地域には大台町の豊かな自然や文化、歴史などを生かして体験を通した環境教育機会を生みだしている「大杉谷自然学校」がある。

大杉谷自然学校校長の大西かおりさんが大杉谷自然学校を開校したのは2001年のこと。

きっかけは青年海外協力隊で赴任した、フィリピンで見た景色。
理数科教員としてフィリピンに3年間赴任した経歴を持つ大西さん。現地では実験器具の使い方などを現地の教師に指導していた。青年海外協力隊員になることは子どもの頃からの夢だった。

大西かおりさん

校長の大西かおりさん

大西さん:フィリピンでは赴任先の市街地を少し離れると、田畑が広がり、水牛で水田を耕す人や、川では魚を捕る人など、自然と共に生きる現地の人々の生活をすぐそばで見ることができました。「自然と共に生きる」ということは、自分の力だけでは、何事も思い通りに進めることはできません。そのため、大人も子どもも関係なく地域の皆で協力して知恵や工夫を出し合って暮らしている姿が印象的で、強い「生命力」みたいなものを感じました。

青年海外協力隊員として夢を叶え、帰国した大西さんは、ふと、かつて地元大台町にもフィリピンで感じた地域のつながりや生命力が満ちていたことを思い出す。そんな時、偶然、新聞で見つけた「自然学校」の文字が飛び込んできた。点と点が結びつくような運命を感じた。大西さんに新たな夢が見つかった。

早速、当時はまだ珍しかった自然学校を生まれ育った大台町で開校するべく指導者養成講座を北海道で受講し、2001年、旧大杉小学校の廃校舎を活用した「大杉谷自然学校」を開校した。
現在では大西さんの他に4名のスタッフが働いている。

自然と共に幸せに暮らす地域の人たちとの触れ合い

大西さん:訪れた地域で出会った人々が自分の人生に満足を感じ、幸せに暮らしている姿に触れたことって心に残ると思うんです。旅を通していちばん癒されることではないのかな。私もフィリピンに行った時にそのように感じました。

鮎釣り

地域ボランティアさんに鮎釣りを教わる様子

大杉谷は自然と人が共生する場所。幸せに暮らす地域の人々を通して、都市部では感じることのできない大きな自然の力を感じてもらいたいと大西さんは考えている。

大西さん:自然の偉大さを知って、自然のダイナミズムに合わせて逆らわないで生きる、そういうところから幸せがにじみ出るのではないかと思うんです。それを感じてほしいですね。

開校以来、地域の人々の幸せな暮らしを感じてもらうため、大杉谷自然学校の野外体験プログラムでは地域の方と密接に関わることを大切にしてきた。

五右衛門風呂

子どもたちに大人気の五右衛門風呂。薪をくべてお湯を沸かす

中でも、キャンプで人気の五右衛門風呂体験では可能な限り、地域の人に手伝ってもらうのだという。大西さんたち大杉谷自然学校のスタッフももちろん火付けができるのだが、大西さんは地域の人に手伝ってもらうことに大きな意味を感じている。

火起こし

大西さん:以前、薪がしけっていてなかなか火がつかなかったことがあったんです。その時に「これを経験してもらえてよかった」って、地域の人が言われたんです。「わしは365日今も五右衛門風呂。水の温度や薪の状態、様々な条件で1日たりとも同じことがない。自然っていうのは人間の都合に合わせてくれないから人間が自然に合わせて、いかに少ない薪で早くお風呂を焚くにはどうすればいいか考えるんだよ」って。子どもたちに直接語りかけてくださっていたのが印象に残っています。

子どもたちには、自然と共に暮らす地域の人たちとの触れ合いを通して、「不便」を学びに変え、楽しみながら成長してほしい。それが大西さんの願いだ。
そんな経験はいつか子どもたちにとって、生きる力になるのかもしれない。

薪

大西さん:私たちからしたら「不便」と感じることも、地域の人たちにとっては「暮らし」ですから。

 

地域での体験が教えてくれる「考えるきっかけ」

森のようちえん

大杉谷自然学校では年間を通して川遊びやキャンプなど、様々な野外体験プログラムが開催されている。
大杉谷での谷や池や川、そして大きな森を全身で楽しむことができる贅沢なプログラムを求め、県内全域から年間およそ3,500人が参加する。子どもたちの学びの場としての人気も高い。

鮎獲り

大西さん:「大杉谷自然学校」では、子どもたちの自主性に任せています。どうぞやりたいことをやって!という感じです。自然の中で遊ぶ充実感や達成感を自由に得てもらいたいんです。自然の中をぶらぶら歩くとか、食べ物を探すとか、そういったことって人間に備わった本能だと思うんですね。小学校向けの自然体験では、昔ながらの鮎釣り「しゃくり」をやるんです。やっぱり子どもたちって食べ物を獲るのが大好きなんです。人間が本来、生きていくために必要なことですから。きっと本能ですね。

本能を満たす場がない現代社会だからこそ、自然の中で遊ぶ充実感や達成感を感じてほしいと大西さんは話す。

大杉谷の豊かな自然は、子ども達にとって貴重な野外体験フィールド。清流宮川の上流はエメラルドグリーンに光り輝き、透き通った川での水遊びは格別だ。

 

宮川の上流部は多雨地帯。かつてはひとたび降雨があると、清流は濁流となった。下流一帯は洪水の被害も多く、また干ばつになると流量は急激に減少し、農業被害も絶えなかった。

大西さん:今から40年前、流域の被害を和らげるため、宮川ダムが建設されました。私が小さいときに見てきた宮川と今ある宮川は、同じ様で同じではないのです。

「同じ様で同じではない」、とはどういうことだろう。

大西さん:ダムができたことで、川の流れが変わって、住む魚も変わっています。昔川遊びをした場所は水かさが減り、遊ぶことができない所もあります。また地域は高齢化も進み、昔ながらの生活ができなくなってしまっています。ここに来る子どもたちには川遊びという自然体験からそういったことに立ち止まって考えていただくことも、地域を知る新たな旅のスタイルとしてあっていいのではないかと思うんです。

変わりゆく自然と、高齢化が進む現実、それらを自分の目で見て肌で感じ、考えるきっかけにする。大西さんはそれを「地域の教育力」と呼ぶ。

スタッフのひとり、20年前に神奈川県から移住してきた細渕さんからもこんな言葉があった。

細渕さん

移住して20年の細渕さん。大杉谷で結婚し、ふたりのお子さんがいる。

細渕さん:地域の暮らし」というものを肌で感じてほしいんです。それがいろんなことを想像する第一歩になるんじゃないかなと思うんです。同じ日本でも、地域が変われば異文化で異空間。そういうものを自分から発見してもらえると嬉しいですね。

 

伝えること、残していくこと

高齢化が進む大杉谷での大西さんの課題は、地域の姿を残していくこと。

開校から2年が経った頃、大西さんは周囲にお年寄りがずいぶん多いことに気がついた。
「このままでは地域の暮らしが消滅するのでは」そんな危機感が芽生えた瞬間だった。

大西さん:消えていく地域の素晴らしさをなんとかして残していかないと、と思いました。その使命感は今もずっと変わりません。



大西さん:私たちが地域の方から聞いた話を今度は子どもたちへと「言葉」で伝えていく。けれど私たちが伝える「言葉」より、地域の人々の暮らしに関わる「物」から伝わることがたくさんあるんですよ。

鮎釣りの道具

そう言って見せてくれたのは地域の方がかつて使っていた鮎釣りの道具。現代で言う、水中眼鏡のようなもの。

噛み跡

半円型に木がえぐれた部分は噛み跡だという。急流に耐えながら川を覗き込み、朝から晩まで夢中で鮎釣りをしていた当時の人々の様子がそこから浮かび上がってくる。

羽釜

羽釜で炊くごはんは格別!

インターネットの普及で目の前にないものがあたかもあるように感じることができる現代社会。手で触れ、肌で感じることはこれからどんどん減っていくのかもしれない。だからこそ、自然や自然と暮らす人々の中で得る、リアルで豊かな体験はきっと重要性を増していく。

大西さんと細渕さん

大西さん:仮想に負けないようにしっかりやっていきたいですね。

大西さんはそう締めくくった。

 


 

取材協力

大杉谷自然学校
〒519-2633 三重県多気郡大台町久豆199
TEL 0598-78-8888
FAX 2598-78-8889
HP https://osugidani.jp/

取材:2022年1月18日
文:WEBマガジンOTONAMIE ライター ハネサエ.
写真:松原 豊

 

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