2024.03.21

キャンプスタイルの宿 やまがら

公務員から民間人へ。大杉谷を居場所として活性化し、大好きな大杉谷の人々を笑顔にしたい。「キャンプスタイルの宿 やまがら」野呂直宏さんの物語。

歴史と自然が残る大杉谷

 

三重県多気郡大台町は周囲を山々に囲まれ、豊かな自然と歴史が残る町。清流宮川の最上流部に位置し、日本三大渓谷の一つとして知られる大杉谷は、古くは修験者たちが修行の場として、江戸時代には木材の伐採が行われた古の息づかいが漂う地域だ。近年では登山やキャンプ、釣りなどのアウトドアアクティビティが楽しめる場所として注目され、中でも初心者でも登りやすい大杉谷登山コースは人気があり、山頂から望む壮大な景色は圧巻。

そんな溢れる自然を眺められる環境下で「キャンプスタイルの宿 やまがら」「キャンプスタイルの宿 おおるり」「キャンプスタイルのボルダリングソーコ かわせみ」を営む株式会社ロカの代表取締役、野呂直宏さんにお話を伺った。

株式会社ロカの代表取締役、野呂直宏さん

 

野呂さん:私は生まれも育ちも大台町で、高校を卒業してすぐ当時の旧宮川村役場に就職をしました。平成の大合併後は大台町の職員として、町の観光事業や過疎化対策の移住政策などの業務を担当していたんです。しかしその時に行政側から見る視点と、民間企業側から見る視点が違うことに驚きました。そして実際に民間企業の方とお話しする中で「もっとこんなことができる」「あんなことをしてみたい」という気持ちが奮い立たされたんです。

行政側だからこそ見える地元の現状と、元々考え方が柔軟で自由な生き方を理想としていた性格が掛け合わさり、一念発起して2020年株式会社ロカを設立。ロカの社名は、水を浄化する「ろ過」から名付けられた。第一号となる宿泊施設「やまがら」は、建設時から毎日ヤマガラが遊びに来てくれたことが名前の由来。自然と人との繋がりを感じられる、温かい空間を提供している。

 

築100年余りの古民家をリフォーム

 

大杉の歴史や自然を愛し、自分で一つ一つ愛情を込めて宿を手掛ける野呂さんは、築100年余りの古民家を「やまがら」として自身でリフォームし、和モダンな空間へと生まれ変わらせた。また令和6年3月に完成させた「おおるり」は、宮川ダムの建設により、立ち退きを余儀なくされた仏閣や神社に使われていた立派な柱がある旅館をリフォームしている。

 

モダンでおしゃれな部屋

 

地元の工務店や森林組合のベテランデザイナーさんのセンスを借りながら、ほとんどのリフォームは自らが手掛けている。木々の配置バランス、色味、微妙に違う棚の高さのインテリアを活かした部屋は、居心地の虜になるリピーターも多くいる。

 

外の自然と部屋を繋ぐかのような広いウッドデッキ

キャンプの醍醐味、焚き火を楽しむ

 

焚き火をしている時、薪が燃え終わると訪れる数分間の沈黙がある。その瞬間がなんとも言えないのだとか。

 

自然の中でゆっくり過ごす贅沢な時間

自然の中で子どもたちと楽しむSUP

子どもたちに伝えたい自然の恵み

 

野呂さん:昔、近くの宿泊施設に私の子どもを連れて行ったんです。その時にたくさんのお客さんがいたので、私は人酔いして二階から子どもを見ていたら、スタッフさんに付いて接客をしているんです。その後、帰りの足取りも重くて、家に帰ったらあまりにもぐずっていたので、私が妻に「何をしてきたの!」と怒られました。どうしたのかと子どもに理由を聞いたら「楽しすぎて帰りたくなかった」って。その子ももう20歳になるんですが、未だにその施設には行きたがりますね。私もそうやって子どもたちの心に残ったり、大人になってからもきてもらえる場所作りができたら最高ですね。

野呂さん:子どもって、大人から離れたり、頼りにされたりすると本当にイキイキとして喜ぶんです。そして大人同士でも知らない人が大勢いる中でも、子どもが一人スタッフにいるだけで和みます。今も小学生の頃からうちに手伝いに来てくれている子どももいて、どんな人に対しても上手にコミュニケーションが取れるので感心しています。

アクティビティも力を入れていて、特にSUPは子どもたちの成長が見られるので大好きです。最初は親から離れようとせず、しがみついている子も多いんですが、終わりがけになると「まだ終わりたくない!」と言ってなかなか川から出てくれないんです。

野呂さんは子どもたちと同じ目線で接し、気づけば友だちのようになるのだそう。訪れた人はみんな自然の中で見つけた豊かさをおみやげに、笑顔で帰っていくという。

これから先の夢を語ってくれた野呂さん

 

民間企業だからできる大きな可能性を信じて

 

野呂さん:私が役場で勤めていた頃は大杉谷地区に300人近くいた人口も、今は100人強に落ち込んできました。移住者を誘致することを考えなければ、いずれこの場所に人はいなくなってしまう。地域を活性化する手段の一つとして補助金があります。しかし各地で頑張ろうとしている「グループ」に対して補助金で支援することは、メリットと共に大きなデメリットもあって、世代交代や短期的な視点からの存続が難しい。私は、強い責任感を持った民間企業がビジネスとして参入することで、労働者やその家族が移住者として定着すると考えています。また働く人にとっても「自然」の中で「自然体」で働ける環境があると良いですよね。要は、自分のペースに合わせてのんびりと経営をしてほしいんです。最終的にはここをビジネスとして軌道に乗せ、働き口として移住して「やまがらの家」を切り盛りしていってほしいと思っています。

この地域では、深刻な高齢化が進む。それでもこの場所に活気を取り戻そうとする理由は、幼少期からの思い出と共にあった。

幼い頃の温かい記憶を胸に。幸運の象徴ヤマガラと共に未来を作る

 

ヤマガラのために作った「やまがらの家」

 

野呂さん:私は幼い頃、自給自足で暮らす農家の息子でした。高校生の時に、先生から家庭の所得証明を持ってくるように言われた時、家族5人が暮らすにはあまりにも所得が低くて驚きました。でも自分が貧しいと感じたことはありませんでした。きっと自然の中で楽しむことが多く、農業を手伝いながらも、自分で木々や草花、枝や薪でおこす火を使って遊び、近所の人たちと良い関係が築けていたからだと思います。

その後、親の「勤め人になれ」との強い意志もあり、役場で勤めます。大杉谷地方の担当となってからは地元の人は全員知っているし、親戚みたいな仲ですね!

そう笑顔で語る野呂さんは、大杉の人々と強い信頼関係で結びついたことを喜びとしていた。

野呂さん:ここに住んでいる人は、隣の人には物を分け与えたり、困ったことがあると手を差し伸べたりしてくれる。私も宿の予約がない時には、困った人を手伝いに行ったりもしています。高齢の方々にとっては日常で不便なことも増えてきますしね。そうして地域の方々と接していると日常の小さな幸せや喜びを感じて、心が暖かくなる。だからここの人たちがいる間は、観光客や移住者を増やして、なんとかこの場所を盛り上げたくて。

野呂さんは大杉の人が好きだからこそ、この大杉谷が好きなのだ。自然の中で感じたお金ではない豊かさを今の子どもたちにも伝え、関係人口や雇用を生むことを目標としている。

最近では林業にも携わり、従業員も増やし植林を行っている。今後はアクティビティの種類をさらに増やして集客し、飲食ができる場所も作ることで地域の人の居場所も作りたいと計画している。

美しい声で鳴くヤマガラ

 

ヤマガラという鳥には、古くから「幸運の象徴」や「五穀豊穣」「子孫繁栄」など様々な言い伝えや民話が残されている。きっとヤマガラは野呂さんと共に、この場所で人と自然が繋がる未来を築いていくのだろう。

毎日ヤマガラが遊びに来る梅の木。取材をしている時にも、綺麗な声を聴かせてくれた。

 


 

取材協力
「キャンプスタイルの宿 やまがら」
〒519-2633 多気郡大台町久豆477-3
電話番号: 070-1849-9842
HP:https://www.rocaroca.jp/yamagara

取材:2024年2月19日
文・写真:ライター 正住さえみ

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