2021.12.06

伊賀のくろまる

地域の受難を情熱で乗り越える!パッションフルーツ「伊賀のくろまる」農家・安藤保造さんの物語。

伊賀市南西部。青山高原の豊かな自然に抱かれた山里・霧生(きりゅう)は110軒270名余りが暮らす小さな集落。海抜400mの立地が生み出す寒暖差が米作りには好適で「伊賀米」産地の一角を占める。

集落を見下ろす小高い丘の上にある八幡神社からの眺望

この静かな山里で栽培され、年々人気が高まっているのが、南米生まれの果物「パッションフルーツ」。現在は「伊賀のくろまる」と名づけ地域ブランド化しており、それを主軸に、地域の未来を見据えた活性化に取り組んでいるのが「霧生活性化協議会」。
パッションフルーツは、南米生まれという来歴から、passion=情熱というイメージを持たれがちだが、実際は花の中心部のおしべとめしべが、磔刑となったイエスキリストの受難=passionに見立てられることに由来する。日本でも園芸種としてポピュラーなトケイソウの一種で和名はクダモノトケイソウ。
全国的な生産量は鹿児島県がトップで次いで沖縄県。南国のフルーツというイメージが強いが近年、全国各地で生産地が増えている。ここ霧生でも5年前から地域の有志による同協議会が栽培を始めた。

 

 

原点は霧生に惚れ込んだ移住者のチャレンジ!

霧生活性化協議会の中心的な存在である事務局として活躍している安藤保造さんは82歳。大阪府大阪市の都会で生まれ育ち、勤めていた企業を55歳で早期退職。57歳だった25年前に夫婦で移住を決意した。

移住した経緯などを振り返りながら語る安藤さん。

「よそ者」だからこそ気付いた水と米の美味しさや透き通る空気など、豊かな自然に恵まれた地域の財産。かけがえのないものを未来へと受け継ぐことを目標に、少子高齢化で衰退していく地域の活性化をめざしリーダーシップを発揮している。
農業経験も全くなかった安藤さんだが、第一次産業を軸とした地域おこしの第一歩として農水省の補助を受け、農福連携事業を実施。12年前から、心身にハンディキャップを持つ人たちと共に、原材料となる芋の栽培からのこんにゃくづくりなどにも取り組んできた。
当初は、地域の人たちと安藤さんが思い描く未来のイメージを上手く共有できなかったが、粘り強く先頭に立って牽引していくうちに、協力者が増えていった。
地域に生まれた連帯感や絆を生かそうと安藤さんが模索する中、県内の農福連携のパイオニアである緑生園(名張市)が三重県紀南果樹研究所と共にパッションフルーツの栽培実験を行っており、霧生でも栽培にチャレンジしてみないかと提案があった。

安藤さん:私を含め、地域の人たちはパッションフルーツを食べたことがないどころか、存在すら知りませんでした。緑生園代表取締役の前川良文さんが霧生出身というご縁もあり、珍しい果物なので栽培してみたらどうだろうと言って頂いたのが栽培を始めたきっかけです。

 

 

試行錯誤の5年間で地域に適した栽培法を確立

そして5年前の5月。地元有志による霧生活性化協議会を結成。パッションフルーツは熱帯植物なので栽培にビニールハウスが必要なため、耕作放棄地に2棟を建てた。その建設資金は皆で出し合っており、補助金などは一切受けていない。こういった姿勢にも、地域が自立心を持って、地域の新しい特産品を育んでいこうという強い未来志向が現れている。

栽培を始めてからも、栽培に使う土、水のやり方や量などわからないことばかり。現在に至るまで試行錯誤の連続だった。

安藤さん:分からないことをインターネットで調べたり、専門家から指導を受けたりしながらも、この5年間で改善を続け、なんとかこの地域にあった栽培法が、ようやく形になってきたところです。

現在は同協議会に所属する地域住民を中心とした14組27名が当番制で水やりなどの農作業を行っており、ハウス2棟と露地合わせて500㎡の農地で年間約3000個のパッションフルーツを生産している。

収穫間近のパッションフルーツ

ハウス栽培では年2回(気候によって変化はするが①9月中旬から下旬まで②11月終りから1月)に果実が収穫できる。

収穫時期の約2カ月前に、安藤さんたちが花のおしべから採った花粉を手作業でめしべに受粉させる。

一つひとつ手作業で花のめしべに受粉していく

やがて緑色の果実が実る。熟して濃い紫色となれば収穫の時期だ。

ビニールハウスの中でたわわに実ったパッションフルーツ

収穫後すぐに食べても美味しいが、少し寝かせて追熟させると表面にシワが浮き出て果肉の糖度が増す。

追熟して表面にしわが浮き上がったパッションフルーツ

熟した紫色の果実を割ると芳醇な香りが漂う。太陽のように鮮やかな黄色い果肉は液状で黒い種と一緒にすくって食べる。

パッションフルーツは二つに割ってスプーンで食べる

甘みと酸味のバランスが取れた爽やかな味わいが心地よく、小気味の良い種の歯ごたえも、このフルーツの個性を際立たせている。

安藤さん:パッションフルーツを冷凍して食べる前に少し放置してからシャーベットで食べるととても美味しいですよ。日持ちもするのでお勧めです。

生の果実は協議会の会員を通じて知人などを中心に直接販売してきたが、年々販路を拡大しており、昨年より「伊賀のくろまる」と名づけ、緑生園と共同で地域ブランド化している。

ビニールハウスとその前に設置された「伊賀のくろまる」の看板

また、果実の表皮に斑点が浮いているなど見た目の問題で出荷できない果実も無駄にせず、加工品の原材料にしている。昨年、霧生にある「メナード青山リゾート」と「めっちゃパッション」シリーズのジャムとドレッシングを共同開発。無添加でパッションフルーツの甘みと爽やかな酸味が引き立つ味わいが魅力で、ホテルの売店で販売されており、好評だ。

「めっちゃパッション」シリーズのジャムとドレッシング

安藤さん:ジャムはメナード青山のホテルの朝食でも提供していて、そのまま売店でお買い上げになるなど継続的に購入して頂く方もいらっしゃいます。

また、多気町の商業リゾート施設「VISON」内のカフェ「raf」でも、パッションフルーツを使ったドリンクが提供されるなど、厳しいプロの眼鏡にも叶う食材としても注目され始めている。

 

 

パッションフルーツが地域の未来を拓く

霧生では少子高齢化が進んでおり、地域で暮らす子どもも今では僅か。その子どもたちでさえ、進学や就職を機に地域を出てしまうことが多い。それに伴い、徐々に耕作放棄地や空き家も増えていく。
その最たる原因は地域に仕事がないからだ。
しかし、他の農産物と比べると希少で市場価格が高いパッションフルーツは、その問題を解決する大きな可能性を秘めている。

安藤さん:収益性が上がり、地域が少しずつ変わっていけたらと思います。その延長線上で、地域の空き家に移住してくれる人が現れ、パッションフルーツ栽培で生活できるようになることが最終目標。今はその基礎づくりをしています。

年間生産量の3000個は既存の販路でほぼ消費されるため、収益を上げるためには増産は欠かせない。今年は、ハウス栽培よりもコストを抑えられる露地栽培にもチャレンジ。耕作放棄地解消の妙案にもなり得る。

パッションフルーツの秘めた可能性を語る安藤さん

安藤さん:ツル性植物のパッションフルーツはグリーンカーテンにもなります。霧生に合った栽培法も確立できたので、地域の人たちに苗を配って、家庭で採れた果実を協議会が買い取るという流れが生まれたら面白いと考えています。

のどかな山里の特産品は南国生まれのパッションフルーツ。高地のため、「寒そう」というイメージを持たれがちな霧生との意外な取り合わせでも興味を惹かれることも多い。
安藤さんの目指すところはいうなれば、パッションフルーツの里。全国各地に少子高齢化で衰退し、やがて消えゆく集落が無数にある。地域の受難(パッション)を、情熱(パッション)で育んだフルーツで乗り越え、未来を切り拓こうとする安藤さんたちのチャレンジはつづく。

 


 

取材協力
霧生活性化協議会(パッションフルーツ 伊賀のくろまる生産者)

〒518-0215 三重県伊賀市霧生96(ビニールハウス所在地)
TEL 090-3258-8761(事務局の安藤さん)

取材=2021年10月26日
文:WEBマガジンOTONAMIE 麻生純矢
写真:松原豊

 

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