2024.03.21

農家民宿 ほし空の宿

太郎生の雄大な自然と丁寧な暮らしで心穏やかになる場所。星降る宿に込められた息子への想い。「ほし空の宿」松田妙孝さんの物語。

三重県津市美杉町太郎生は津市の南西部にあり、松阪方面から県道422号線を経由すると奈良県をまたぐ山間地域。人口は800人ほどで、古くから林業や農業を中心とした生活が営まれてきた。県の天然記念物に指定されている「オハツキイチョウ」や、国の重要文化財である「国津神社十三重塔」など、今もなお歴史的にも貴重な文化財が残されている。

フジバカマとアサギマダラ

 

また太郎生は毎年9月中旬から11月上旬にかけて、多くのアサギマダラという蝶がフジバカマの花の蜜を求めて飛来する。その優雅な姿を写真に収めに来る人も多い。「ほし空の宿」からも徒歩1分の場所にあるフジバカマの庭園が見える。

 

田舎体験を通じて心を豊かに

高台にあり見晴らしの良い施設

 

時代を超えても変わらない風景の中、1日1組限定の民宿「ほし空の宿」を営む松田妙孝さん。家族の協力で自宅を増改築し、宿泊だけでなく、日帰りも可能な田舎体験ができるプログラムも年々増やしている。

松田さん:最近、ピザ釜を作ったんです。一緒に作られますか?

 

工夫をして作られたピザ釜

 

訪れてすぐ、そう言って用意してくれていた材料を出してくれた。ピザ生地の上に、一つ一つ丁寧に材料を置き、耐熱レンガを使った手作りの釜に入れてゆっくりと焼き上げる。

ピザを焼いている間、裏手にある松田さんの森に案内してくれた。

 

軽い足取りで山を案内してくれる松田妙孝さん

綺麗に切られた丸太

 

松田さん:ここの階段も全部おじいちゃんが作ってくれました。毎日お風呂も薪で炊くので、この杉の木を丸太にして薪割りもしています。落ちている杉葉だって燃料にして使うんですよ。山から水も引いています。田舎の人は雑草だって大切な資源。私がいらない雑草を捨てようと思っても「使うつもりなの」と言って止められることもあるくらい、みんな無駄なく使っています。

普段の生活の中では見過ごすような枯れ草も、至る所で丁寧に束ねられていた。

田舎暮らしの知恵は、これまで見てきたものの見方を変えてくれる。きっと訪れた人も、帰った後、素朴で温かな日常を感じられるのだろう。

まだ冷たい風を肌で感じ、鳥の声に耳を澄ませながら、次は畑へと案内してくれた。

 

綺麗に手入れされた畑

 

どの季節でも野菜が収穫できるため、宿泊プランには野菜収穫体験付き。そのまま自分たちで調理にも利用でき、体験メニューの「おもちつき体験」や「こんにゃく手作り体験」、「BBQ・七輪焼きセット」を組み合わせればお腹いっぱいの夕食になる。

宿に帰ってくると、太郎生の雄大な自然を眺められる2階の部屋に移動した。部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは大きな卓球台。宿泊者は経験の有無に関わらず、みんなまず卓球を楽しむのだそう。

 

子どもにも大人にも大人気の卓球台

 

松田さん:おばあちゃんがずっと卓球をやっていて、近くのお友だちも毎週10人くらい遊びに来てくれるんです。みんな「ここに来るのが楽しみで仕方ない」と言ってくれるのが嬉しいです。この地域の拠り所にしてもらっていて、いつも賑やかなんですよ。

 

窓から見える景色

 

奥に進むと窓から見える大自然が迎えてくれた。四季折々の彩りを見せてくれるであろう原風景は、きっと古くから変わらずにこの村を見守ってくれているのだろう。

 

木の温もりがあるバルコニー

 

部屋に入って左奥には昨年できたバルコニーがあり、壮大な風景を眺めながら飲食ができる。

 

やまびこをする真似をしてくれた妙孝さん

 

松田さん:この前、来てくれたご家族がいて、お子さんが到着してすぐ前の山を見て「ヤッホー!」って言うとやまびこが返ってきたんです!私もずっとここに暮らしながら、こんなにやまびこが響くなんて知らなくてびっくりしました。

 

薪割り体験も大人気

冬季にはイルミネーションも楽しめる

ふっくら焼けたピザ

 

施設を見せてもらった後、焼けたピザをいただきながら松田さんの話を伺った。

 

月日を重ね改めて気づいた太郎生の素晴らしさ

 

松田さん:実は最近までこのことは話せなかったんですけど、この民宿を始めようと思ったきっかけは私の病気、そして大きなきっかけは、息子が亡くなったからなんです。

妙孝さんには夫と同居する祖父母、そして3人の子どもがおり、協同組合員として忙しい日々を送っていた。子どもの成長と共に自身も社内で順調にキャリアを積み重ねる中、妙孝さんが脳出血で倒れてしまう。家族や同僚の支えもあり、療養するため自宅に戻ることができた時、ふといつも近くにあったはずの「家から見える太郎生の風景」にハッとした。

松田さん:私はこんな環境の良い所に住んでいたんだって、その時に初めて気付いたんです。ここから見える景色にどれほど癒されたか。

その後順調に回復し、子どもたちも自立をし始め明るい未来を展望する中、社会に出てすぐの長男が亡くなる。

松田さん:息子がいなくなってからは、職場に行く前には車で泣いて、涙を拭いて出勤していましたね。数年してからは休みの日にはあの子のしたかったことや考え方など、心を辿るように思い入れのある場所に行きました。息子がいたこの部屋もずっとそのままにして、何も進めずにいたんです。でも消極的だったあの子が大学に入る時に書いた「友だち100人作ります!」という紙を見つけたり、お葬式にも友達が200人も来てくれたり。それを見て、友だちとの繋がりを求め、その友だちも慕ってくれていたことが分かって嬉しかった。だから友だちがここに来てくれたらあの子も喜ぶだろうって思って、いつでも来てもらえる場所を作りたいと思うようになりました。

その後、民宿経営の経験を持つ同僚から話を聞いたこともあって、やりたかったことが明確になっていく。そして妙孝さんの定年退職を前に家族と話し合うこととなった。

松田さん:私が意を決して「民宿をしたい」と相談したら、主人やおじいちゃんは心配しながらも後押ししてくれて、活発なおばあちゃんは大賛成でした。きっとみんな、心の中の中で燻っていた息子への気持ちを、形にして歩き出したかったんです。

それからは県内外の民宿経営者に話を聞きに行き、家族で資金を出し合って増改築をすることになった。地元の人々の助けを借り、元々日曜大工が好きだったご主人はアイディアを形にしてくれた。宿名は、改めて2階の窓から夜空を見た時に「星が綺麗やなぁ」と思ったことから「ほし空の宿」と名付けられた。

 

お客さんの笑顔が溢れるフォトブック

 

妙孝さんは学生時代は美術の専門学校に通い、仕事は印刷業に携わっていたため写真を撮ることが好き。訪れたお客さんの写真や手作りの「ほし空の宿だより」を眺めながら、家族写真を見るように思い出を語ってくれた。

松田さん:バーベキューをする時はおにぎりを持っていくんですが、ほとんどの方が「美味しい!」と言ってくれるんです。この写真の方はこの辺りで仕事があって、トラックで来られてね。この方はホテルで仕事の経験がある外国の方で「布団のカバーは裏にして干したほうが良いんだよ」と教えてもらったり、この方は人生の悩みを話してくれたりしました。

写真に映るたくさんの笑顔から、みんな妙孝さんの母親のような人柄に触れ、心を開いているのが伝わってきた。

松田さん:私は人が大好きなんです。来てくださる方を親戚のように迎え入れて、この自然の中でリフレッシュしてほしいし、元気になってもらいたい。息子にしてあげたかったことをさせてもらいたいんです。そうすることで、きっと息子も喜んでくれていると思います。

妙孝さんが療養する中で感じたように、太郎生の自然に触れ、心が癒される場所として。そして人とのつながりを求め、愛されているご子息のように、人を笑顔にできる場所として。「ほし空の宿」は人々を照らし、太郎生で優しく瞬き続ける。

 


 

取材協力
「農家民宿 ほし空の宿」
〒515-3536 津市美杉町太郎生3798
電話番号: 090-5450-5365(松田) 059-273-0844
HP: https://stayjapan.com/area/mie/tsu/pr/14055  (予約サイト)

取材:2024年2月20日
文・写真:ライター 正住さえみ

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