2021.09.02

かぶせ茶カフェ

茶農家の日常は魅力的な非日常。のんびり田舎体験が満喫できる「かぶせ茶カフェ」の清水加奈さんの物語。

工業都市・四日市市の「奥座敷」と評され、小倉百人一首に収められた猿丸大夫(さるまるだゆう)の歌にも詠まれた景勝地・宮妻峡谷を有する鈴鹿山麓の集落・水沢町(すいざわちょう)。

この水沢町に広がる茶畑で生産されている「かぶせ茶」は三重県が誇る日本一のひとつ。
かぶせ茶は、良質の新芽に2週間ほど、寒冷紗(かんれいしゃ)と呼ばれる黒い覆いをかぶせて栽培する。直射日光をさえぎり、渋みの原因となるカテキンの生成が抑えられ、旨み成分のテアニンを残すことが出来る。優しい口当たりで、子どもからお年寄りまで誰もが楽しめる。
かぶせ茶の全国生産量3,303トン(令和元年度)に対して、県内生産量は2,235トンであり、67・7%と圧倒的なシェアを占めている。その主産地が水沢町なのだ。

水沢町は品質の良い茶葉が栽培できる4条件を備えている。
①年間を通じて気候が温暖かつ適度な降水量。
②水はけの良い礫質土壌。
③昼夜の温度差が大きい。
④標高が高い。

そんな水沢町でかぶせ茶の生産に取り組む「マルシゲ清水製茶」では、茶葉の栽培、製茶、販売まで手がけているだけでなく、地元茶農家と連携して三重テラス(東京・日本橋)でイベントを行ったり、地域の百貨店の催事に出店。多彩なアプローチで、かぶせ茶の魅力を世に広めている。
同社が運営する「かぶせ茶カフェ」には日々、たくさんの人が訪れている。ここでは、茶農家仲間が手掛けるお茶スイーツも提供するなど、自社と地域が繋がる場所としても機能をしている。

 

 

一人でも多くの人にかぶせ茶の魅力を知ってもらいたい!

店内に入ると、元気な声で出迎えてくれるのが、カフェを切り盛りしている清水加奈さん。

カフェの建物は築70年余りの古民家で、加奈さんが生まれ育った家でもある。
今時珍しい「田の字」の間取りで年季の入った調度品、広めの縁側が郷愁を掻き立てる。言うなれば、誰もが思い浮かべる「日本の田舎」のような雰囲気が漂う。

▲築70年余りの古民家を活用したカフェの内観

▲築70年余りの古民家を活用したカフェの内観

 

清水さん:私にとっては古い家なのですが、若者は「エモい」と感じ、Instagramにオシャレなカフェとしてタグ付けして投稿してくれるんですよ。

そう笑う清水さんにとって、かぶせ茶とはどのような存在であるかを尋ねた。

清水さん:家業が茶農家なので子どものときから収穫などを手伝っていました。かぶせ茶は私の日常に当たり前のようにある存在です。進学で三重県を離れたことをきっかけに、やっと、かぶせ茶の魅力に気付くことができました。そしてもっと多くの人に知ってもらいたいと思うようになりました。

清水さんがそう強く感じたきっかけは、東京の大学の友人たちがかぶせ茶どころか、三重県が全国有数の日本茶の産地であることすら知らなかったこと。自分が当たり前だと思って過ごしてきた茶畑の風景や茶農家の営み、かぶせ茶の味は、地域外の人にとって「当たり前」ではなかったのだ。

25歳の頃、結婚を期に帰郷。以降、父、母、夫、妹の家族5人で力を合わせ、茶の栽培、商品の製造、販売に取り組んできた。

そして、約11年前に育児をしながらできる仕事を模索する中、東京にいた頃に日本茶カフェのオープンを手伝った時の経験やノウハウを生かせないかと考えた。

清水さん:一人でも多くの人たちに、カフェで気軽にかぶせ茶の魅力を知ってもらえたら嬉しいです。

マルシゲ清水製茶では10種類程の品種を栽培しており、単一畑、単一品種による「シングルオリジン」で製茶。一般的に出回っている日本茶のように複数品種をブレンドしない。

▲「シングルオリジン」で製茶された茶葉

▲「シングルオリジン」で製茶された茶葉

 

清水さん:多くの人がイメージする日本茶の味は、代表的な品種であるやぶきたの味。産地別で飲み比べを愉しむ人が多いですが、品種はほとんど意識されません。コーヒーのように品種や栽培法によって異なる味や香りの違いを愉しんで頂き、お茶の魅力を知っていただければと思います。

シングルオリジンで販売している「やぶきた」以外の品種の特徴は…
「さえあかり」…ゆでトウモロコシのような甘い香りで、比較的新しい品種ということもあり、珍しさも感じられる。
「つゆひかり」…最初は甘み、飲んだ後はやさしい渋みを感じる。
「さえみどり」…鮮やかな緑色と深いコクで近年人気。
「そうふう」…飲んだ後、花ような香りがほんのり漂う。この品種のかぶせ茶は稀少。
「てらかわわせ」…やさしい味わいでこどもも飲みやすい希少品種。

清水さんは、こういった様々な品種の味の違いを楽しむという新たな日本茶の嗜み方を提案している。もちろんカフェでも、様々な品種の茶葉が味わえ、清水さんからかぶせ茶の魅力をゆっくりと聞くことができる。

 

 

肩ひじ張らずに、飲み手の好みに寄り添うかぶせ茶の魅力。

カフェに入って席につき、好みの茶葉を選んでお茶やお茶のスイーツなどが味わえる「お茶膳」を注文。

▲「お茶膳」

▲「お茶膳」

 

茶葉は萬古焼の窯元・藤総製陶所(四日市市)とのコラボで開発した、蓋の無い急須「ひとしずく」に入った状態で提供される。一杯目はぬるめのお湯でじっくり抽出する。

▲急須へとお湯を注ぐ行程も心地良い

▲急須へとお湯を注ぐ行程も心地良い

 

乾燥した茶葉が、お湯を吸って鮮やかな緑色に染まっていく様子を眺めているだけでも心が癒されていく。

▲お湯を吸って変化していく茶葉の様子を楽しむ

▲お湯を吸って変化していく茶葉の様子を楽しむ

 

清水さん:最近は、特に若い世代は「家に急須がない」とおっしゃる方も多いので、お茶を淹れること自体を特別な体験と喜んで頂けます。

▲お茶を淹れると心も落ち着く

▲お茶を淹れると心も落ち着く

 

一杯目は、優しい甘みと深い旨味を湛えるたおやかな味わい。甘露という表現がしっくりくる。
二杯目以降は、熱めのお湯で淹れるが、一杯目よりも渋みが際立ったきりりとした味わいに一転。こちらは、普段慣れ親しんだ煎茶の味に近い。

三杯目は香ばしいあられ茶漬け、締めは茶葉にポン酢をかけて食べる。

▲しょっぱさと香ばしさが心地良いあられ茶漬け

▲しょっぱさと香ばしさが心地良いあられ茶漬け

 

お茶膳は文字通り「余すことなく」かぶせ茶の魅力を堪能でき、自分なりの楽しみ方を知るきっかけにもなる。

高級品として珍重される玉露は抽出温度など淹れ方に強くこだわる傾向にあるが、かぶせ茶は温度による味の違いや多彩な楽しみ方を許容する「大らかさ」がある。

清水さん:お茶は嗜好品なので、飲む人の好みに合わせて楽しんでくださいね。

肩ひじ張らず、一人ひとり違う好みに寄り添う清水さんと、かぶせ茶のあり方はなんだか似ていると思った。

 

▲夏季限定のお茶農家のかき氷。かぶせ茶のさっぱり感がたまらない。

▲夏季限定のお茶農家のかき氷。かぶせ茶のさっぱり感がたまらない。

 

手作りお茶シロップの風味と旨みにあんこや白玉の甘味が心地良い、夏季限定メニュー「お茶農家のかき氷」(かぶせ茶、ほうじ茶の2種類)も人気だとか。(提供期間は9月末まで)。

 

 

「日常」のなかにある「非日常」に触れられる場所

このカフェの醍醐味は、地域の人にとっては何の変哲もない「日常」が、地域外の人にとっては魅力的な「非日常」であることを気付かせてくれることにある。
新茶の時期である4月~5月には、茶畑で新芽の手摘み体験や茶葉の天ぷらを味わうといったイベントも開催。更に今年は、コロナ禍で自粛生活が続く中でも家庭で茶摘み体験が楽しめるように、新芽のついた枝を全国発送するなど、茶農家の「日常」を通じて、かぶせ茶の魅力を多くの人たちに伝える新たな取り組みも行っている。

カフェから西へ少し進んだ場所には昨年11月、辺り一面に広がる茶畑を見下ろせる場所に四日市市が「茶ざなみ広場」を整備。「日本一」のかぶせ茶を育む「日常」が貴重な観光資源と認識され始めている。
「日本の田舎」を満喫できるカフェでかぶせ茶を味わい、それを育む茶畑が織りなす景勝を愛でる。そこには現地で本物を愉しむという、何物にも代えがたい魅力がある。

 


 

取材協力
かぶせ茶カフェ
〒512-1105三重県四日市市水沢町998
TEL 059-329-2611
HP https://marushige-cha.jp/cafe/

取材=2021年8月12日
文:WEBマガジンOTONAMIE 麻生純矢
写真:松原豊

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