2022.03.10

ここファーム

農業の楽しさを伝えたい!耕作放棄地を利用した貸農園開設で夢を叶える、「ここファーム」山本芳世さんの物語

伊勢平野に位置する津市安濃町は、経ケ峰や長谷山の麓にあり、安濃川に沿って田園風景が広がっている。また市街地や伊勢自動車道の津I Cから近いこともあり、住宅街や工場も点在している。山本芳世さんは2021年4月、安濃町で会員制レンタル農園「ここファーム」を開設した。

「ここファーム」では、1区画18㎡の畑地を月額3000円で借りることができる。貸し出し自由の共同農機具完備、農業に詳しいスタッフからのサポートも無料で受けられるため、手ぶらで気軽に家庭菜園が楽しめる。また春はてんとう虫のホテル作り、夏はバーベキュー大会やミステリーサークル作り、秋は芋掘り体験や焼き芋大会、冬は七草がゆ作りなど、月に2、3回のイベントや園芸教室を開催している。季節に応じた体験に加え、会員間の交流も楽しめるレクリエーション型農園、それがここファームの大きな特徴である。

貸し出し自由の共同農機具倉庫

 

 

30年来の夢だった農園を開設

山本さんは、大学を卒業した後、津市にある園芸会社に就職。昭和49年から2年間、作物の生産や流通、販売について学ぶため米国カリフォルニアへ渡り研修を受けた。その際に見たのは、現地の人が休日などに市民農園で野菜作りを楽しんでいる光景だった。

カリフォルニアで研修していた頃の山本さん(左から1人目)

 

山本さん:農園を始めたきっかけは、昔アメリカで見た市民農園が忘れられなくてね。住民が公園の近くで野菜作りをしていたので、何をしているのかと聞いてみると、農業を楽しみながら、福祉施設や恵まれない人たちに野菜を配っているんやと。その光景が今でも目に焼き付いているんです。

「日本でも、人々の心を豊かにするような市民農園を作りたい。」そんな思いを抱え、入社から15年たった38歳で園芸会社を退職し、貸農園の事業を立ち上げた。しかし、当時の農地法では民間業者が貸農園をやることはとても難しく、半年で断念せざるを得なかった。それから、色々な事業にも取り組んできたが、色んな人達との出会いが重なり、夢だった市民農園開設への扉が大きく開くときがきた。さらに、近年になり、耕作放棄地の再利用を進めたい津市の助力もあり、ようやく現在の「ここファーム」を開設。30年来の夢を叶えた山本さん。名前の「ここ」には、「ここで」「個々で」「心で」楽しむという思いが込められている。

 

荒れた耕作放棄地を何度も耕し 、フカフカの畑地に

現在「ここファーム」がある場所は、きれいに区画整備された畑地だが、農園を始めるまではプラスチックゴミなどが埋まった、荒れ果てた耕作放棄地だった。樹木の皮や木の枝、葉などの植物から作られた堆肥等を使用して念入りに耕し、耕作放棄地は30cm下までフカフカの畑地に生まれ変わった。「ここファーム」では、化学肥料や農薬は使用しない為、安全安心な野菜を収穫する事ができる。昔から使われている自然農薬の「ストチュウ」を散布することで害虫を予防。会員によっては、害虫を遠ざける効果のあるローズマリーやマリーゴールドを植えるなどして、工夫をしながら農業を楽しんでいる様子が伺える。

害虫を遠ざける効果のあるローズマリー

 

十人十色の畑模様

山本さん:こちらは技術系の仕事をされている方の畑。比べてみると、皆さん作り方が違うでしょう?

その畑は隅々まで手入れが行き届いていた。人となりが表れる十人十色の畑模様。どんな方が栽培されているのかを想像しながら眺めているだけでも楽しく、18㎡の四角い畑地はまるでキャンパスのよう。ここに来るだけで、自分ならどんな畑にしようかと、創造力を掻き立てられるだろう。

山本さん:会員さんは様々で、退職後の趣味としてされている方、50代の方々は孫を連れて楽しみに来ていますし、30代から40代の若い世代は子供を連れて家族で楽しんでいますね。デイサービスの会員さんは、高齢の利用者を連れて土に親しみに来られています。将来専業農家になる為に、ここで勉強されている方もおられますよ。みんなが楽しみながら、いつの間にか農業の知識が身につけばと思っています。

イベントで会員が作ったかかし

農業は楽しいということを伝えたい。

農園内には、バーベキュースペースや葡萄棚、昔ながらの手押し井戸ポンプが設置されている。少しでも畑に来るのが楽しくなるような工夫をしている山本さん。

山本さん:この井戸は5.5m掘ってやっと水が出ました。懐かしいでしょう。どうしてもこれがやりたかった!

そういうと山本さんは呼び水をポンプ内に流し入れ、リズミカルにハンドルを動かす。あっという間に綺麗な水があふれ出た。子供たちが泥んこになりながら遊ぶという、大人気の井戸だ。

山本さん:夏は草が大変やけど、取りきれないくらいたくさんの野菜を収穫できる。放っておくときゅうりなんか、化け物のように大きくなってしまうから、公式L I N Eで収穫時期を知らせているんですよ。

収穫時期のお知らせや来られない日の水やりまで、農業初心者にとっては安心のサポートが充実している。「そろそろ収穫時期ですよ」とL I N Eが届けば、きっと胸を踊らせて、大切に育てた野菜たちが待つ畑に向かうだろう。「ここファーム」には、農業は大変だというイメージを払拭し、まずは畑に来ることを楽しんでもらいたいとう山本さんの想いが詰まっている。

農業の楽しさを伝える仲間たち。

農業の楽しさを伝える仲間はどんどん広がっている。「ここファーム」のアドバイザーであり、園芸教室の講師の一人として活躍する山本さんのかつての同僚、藤森忠雄さんは会社を退職後、「ここファーム」の近くで「フジモリ農園」を立ち上げ、ジャボチカバという南米原産のフルーツなどをビニールハウスで栽培している。ジャボチカバは、ブドウによく似た実を付けることから「ブラジリアン・グレープ」という別名が付けられているが、実の付き方がとてもユニーク。幹や枝に直接びっしりと実が付くのだとか。

ジャボチカバの木と藤森さん

実の付いたジャボチカバの様子

 

藤森さん:私は農家育ちで、小さい頃から父の手伝いをしていました。植物は正直ですよ。子育てとよく似ている。手を抜くとうまく育たないし、手をかけてあげれば立派に育つ。肥料の与えすぎは良くない、適切な条件を与えてあげるんです。

大切に育てた作物は直売所で販売するよりも、お世話になった人々に配ることが多い藤森さん。それは相手の喜ぶ顔を直接見ることができるからだという。生きる上で必要不可欠な「食」を生み出す農業。自分で育てた作物で誰かを喜ばせることができる、それは大きなやりがいに繋がるのだろう。藤森さんが作物を届ける先々で「昔よりもイキイキしている」と言われるのだという。

 

耕作放棄地問題は、誰しも他人事ではない。

日本中から耕作放棄地を無くしていきたい、そう語る山本さんは、今後、桑名や四日市方面の耕作放棄地でも貸農園を始める予定だ。山本さんの夢と情熱は尽きない。

山本さん:有事があっては困るけど、国際情勢が変化して、もしもの時に日本が食料自給率40%以下だったら。みなさん、野菜作れますか?ちょっと畑があれば土づくりして、畝を作って、野菜を植えたら種を取ってまた植えて。自分たちで食べていけますよね。そういうことをやりたい。

山本さんは貸農園事業を広めることで、日本の耕作放棄地や農家の後継者不足、食料自給率の低下などの課題解決に貢献したいと考えている。これらの課題は誰しも他人事ではなく、私たちの命に直結するものであることを忘れてはならない。

 

農業を心から楽しむ山本さんや藤森さんの姿は、人の心を突き動かす。この手で土に触れ、作物を育ててみたいという意欲が湧いてくる。「農業は奥が深い、会員さんと一緒に日々勉強やな。」そう言って笑う山本さんの尽きることのない情熱に触れれば、食と命、何を食べてどう生きるのかを考えるきっかけになるかもしれない。

 


 

取材協力

会員制レンタル農園 ここファーム

住所:三重県津市安濃町内多3596
TEL:059-261-6470
HP:https://kokofarm2021.amebaownd.com/

 

フジモリ農園

住所:三重県津市安濃町内多527
TEL:059-227-6279

取材:2022年1月29日
文:WEBマガジンOTONAMIE ライター 野呂育美
写真:松原 豊

上に戻る